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森永博志「享楽をあきらめない」

社会や私生活の事情で、 多くの人は日々の享楽をあきらめてしまう。
日々の営みを軽んじ、一生を精神論や人生論という 五感とは関係ない理論でとらえようとする。
でも、日々にすべての事は起こり、 日々の“いつか”に人生の終わりはくる。
金は使わなければ貯まるが、 時は使わなければ消え去り貯めることはできない。

森永博志(エディター)



面白がったり、笑い飛ばしたり、何かをたくらむ余裕を持ったり、
大いにしゃべったり、あちこち出かけたり、
エッチであることとか、同時に知に飢えたりだとか、
人に興味を持つだとか、大いに酒を飲んだりとか、
そういったことすべては体力の問題だ。
体力とは、体のどこかに貯めておけるようなものではなく、
自ら日々補給しなければ出せないものだ。

心のどこかで自分に嘘をついている人には体力は貯まらない。
本気で嬉しがったり、感動したり、面白いものに触れたりする、
そうやって得られたものだけが、楽しむためのパワーとなっていく。
それが「享楽的」ということだと思う。

野蛮でないと教養が出せないのと同様に、
知性がないと色気が出ないのと同様に、
享楽的であるにはパワーが要るものなのだ。

Shinobu_Kaki